阿久 悠さん、死去。
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人間万葉歌~阿久悠作詩集 アーティスト:オムニバス,小林旭,都はるみ,五木ひろし,木の実ナナ |
作家の小田実さん、「プロレスの神様」カール・ゴッチさん、そして作詞家の阿久悠さんと、このところ昭和を感じさせる方々が、続けてお亡くなりになり、時代の流れを、急速に感じざるを得ない。
特に作詞家の阿久悠さんは、私が育った昭和40年代には、凄まじい数のヒット曲を手掛けられていて、子供の頃の私の耳に残っている日本の楽曲の大半は、彼の作品であったと言っても、過言ではないほどのご活躍だった。
阿久悠さんの諸作品に関しては、あちらこちらで追悼記事や特集が組まれて、作品集もチャートインするなどしているので、最早私が語る必要はない。
そこで私の私見や思い出だけ語らせてもらうが、
阿久さんの作品というのは、他の作家に較べて、かなり強くテレビというメディアと結びついていたと思う。
私が育った昭和40年代と言うのは、まだインターネットも登場以前で、テレビがメディアの花形であり、そこから流れ出す影響力は、良かれ悪しかれ、子供の心を侵食していった。
初期の代表的な楽曲提供の、山本リンダさんや、ピンクレディーはその最たる例で、この年代の女の子は、ピンクレディーの振りが出来ない子はいない、と言われるほどだ。
テレビのチャンネル数がまだ十にも満たず、レコードの国民的ミリオンヒットが異例でなかった時代、それぞれの影響力は、現代の比ではなかった。
私がよく歌マネしていた、森田公一とトップギャランの『青春時代』や、沢田研二さんの『勝手にしやがれ』『時の過ぎ行くままに』、今でもカラオケで歌うとめちゃ気持ちいい名曲中の名曲、石川さゆりさんの『津軽海峡冬景色』、アニメブームの先駆けとなった、『宇宙戦艦ヤマト』の主題歌などはとりわけ印象深い。
子供の頃に覚えた歌と言うのは、歌詞の細部まで後年、記憶に残るものである。ゆえに阿久さんの詩と、私の少年時代の記憶は深く結びついている。
そしてその後、私の最も好きなもので感動した作品は、大瀧詠一さんとの作品で、小林旭さんをヒットチャートにグレート・カムバックさせロングセールスを記録した、『熱き心に』の雄大な歌詞である。
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ロイヤル・ストレート・フラッシュ アーティスト:沢田研二 |
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歌謡曲の時代 著者:阿久 悠 |
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